札幌地方裁判所 昭和33年(む)32号 判決 1958年10月31日
被疑者 二階堂好一
決 定
(被疑者氏名略)
右の者に対する暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件について、昭和三十三年十月二十九日札幌地方裁判所裁判官岡本健がなした勾留請求却下の裁判に対し、検察官高田正美から準抗告の申立があつたので当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件申立を棄却する。
理由
本件準抗告申立の趣旨および理由は、別紙準抗告申立書記載のとおりであるから、これをここに引用する。
そこで、勾留の理由の有無について判断すると、本件勾留請求書記載の被疑事実の中、被疑者が王子製紙工業株式会社苫小牧工場の従業員で王子製紙労働組合苫小牧支部(以下旧労組と略称する)所属組合員であることおよび昭和三十三年九月十五日午前八時頃、苫小牧市所在同工場構内火力発電所東側広場において、千葉清等旧労組員多数が共同して、大河渉一等多数の王子製紙工業新労働組合員に対し石塊、煉瓦等を投げつけ暴行を加えたことは、検察官提出の関係資料により一応これを認めることができるけれども、被疑者が旧労組員多数と共同して右の如く暴行をなしたとの点については、現場写真、関係人の各供述調書その他の資料によつても刑事訴訟法第六十条第一項の要求する程度の嫌疑は、これを認めることができない。
したがつて検察官の被疑者に対する本件勾留の請求は、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由がない場合に該当するから、その余の判断をまつまでもなく、その理由がないものといわなければならない。
よつて、本件勾留請求却下の裁判には何等の違法もなく、これを失当としてその取消を求める本件準抗告の申立は理由がないから、刑事訴訟法第四百三十二条、第四百二十六条第一項により主文のとおり決定する。
(裁判官 浜田治 岩野寿雄 田宮重男)
別紙
勾留請求却下決定に対する準抗告の申立
(被疑者氏名略)
右被疑者について昭和三十三年十月二十八日附検察官のなした勾留請求に対し、同月二十九日札幌地方裁判所裁判官岡本健のなした勾留請求却下決定を取消され度く刑事訴訟法第四百二十九条により準抗告を申立てる。
申立の理由
一、本件被疑事実の要旨は
被疑者は王子製紙工業株式会社苫小牧工場の従業員で同工場従業員をもつて組織する王子製紙労働組合苫小牧支部(以下旧労と略称する)所属組合員であるが、昭和三十三年九月十五日午前八時頃苫小牧市王子町所在右工場構内火力発電所東側広場において札幌地方裁判所の発した仮処分命令の執行により同日東北門より入構した王子製紙工業新労働組合員である大河渉一等約一〇〇名位が右火力発電所東側階段を上り或いは右広場北側を火力発電所西側へ駈け抜けて構内に入ろうとしているのを認めるや千葉清等旧労組員等約六十名位と共同し多数の威力を示して右大河等約一〇〇名位に対し石塊、煉瓦、コンクリート片等を連続して投げつけ暴行を加えたものである。
というのである。
本件は所謂王子製紙争議中、本年九月十五日朝第二組合員が仮処分命令の執行によつて同社苫小牧工場内に入構した際、火力発電所東側広場において発生した事件である。
本件の捜査に当つては当時本件の如き集団暴行の被害状況下におかれた者を本件被害者として特定すべく約百名の第二組合員を取調べたのであるが事件発生の状況、性質からして被害者側の供述からは二、三の例外を除き具体的実行行為者を特定することが出来ず結局記録添付の現場状況写真に撮影されている人物に付、個々に特定する方法をとらざるを得ないこととなつた。
一方一部関係人の供述により本件東側広場に出動した一隊は第一乃至第三抄造部門の従業員であることが確認されるに至つたので此の点に重点を置き第二組合員約三十五名について捜査した結果、本件被疑者を含む七名の被疑者を特定し得たので逮捕し勾留請求したものである。
二、先ず本件については次の理由により罪証隠滅の虞れ及び勾留の必要性があるものと信ずる。
(1) 本件自体集団犯罪であり実質的には実行行為者は被疑者を含めた数十名の者である。
およそ共犯者多数ある犯罪で共犯者相互間の供述を得る以外に適当な証拠も未だ蒐収されず、然も共犯者がたがいに否認乃至黙秘しているような事案の捜査においては共犯者相互を隔離して物証、人証の蒐収につとめなければ事案の真相を究明し得ないことは昭和三十年四月五日仙台地方裁判所古川支部の勾留請求却下に対しする準抗告に関する決定が「被疑者は始終巧妙な弁解をして事実を否認しており本件のように他に格別の物証も得られない事案にあつては共犯者等の相互の供述のみが唯一の証拠であると考えられるところ被疑者の身柄を拘束して捜査を進行しないならば容易に通謀、打合せ等によつて罪証を隠滅する虞れのあることは極めて見やすい道理と云うべく」と指摘しているところによつても明かなところである。
本件について見ると前記のように実質的には数十名による犯行でありその実体を明かにし、又被疑者自身の刑責を問うためにも身柄を拘束して各自隔離し捜査することが必要であることは云うをまたない。
(2) 前記札幌地裁の仮処分命令が本年九月六日発せられて後第一組合側ではA特号作戦と称して仮処分執行に対してはあくまで実力で抵抗することを原則としその抵抗の具体的方策として隊編成も決定していたことが別件押収物件により窺われる。
依つて本件捜査にあたつても指令、隊編成の内容等について捜査し実体を解明する必要があるのであるが第一組合側では本件発生後弁護団を中心として検挙対策を樹立し、如何なる取調べにも黙秘権を行使して抵抗することを指示しているのである(植木義雄の検事調書、闘争ニユース参照)。
従つて本件被疑者の身柄を拘束して取調べなければ充分な捜査の不可能であることは当然である。
斯様な事情にあるのに本件勾留請求が認められなかつたことはすこぶる理解に苦しむところであり、かくては事案の真相を明らかにせんとする捜査目的は挫折しその処分結果は不公平なものとなり本件の与えた社会的影響或いは社会的秩序の維持の観点からして著しく正義に反する結果を招来するものである。
三、又本件は次の理由により罪を犯したと疑うに足りる相当な理由は充分存するものと思料する。
即ち本件被疑者特定については前記の如く現場状況写真に基き関係人の供述を得て特定したものであるが冒頭にふれた如く本件火力発電所東側に出動したデモ隊は第一乃至第三抄造部門(各部門の従業員は平均約七十名)所属の従業員であることが一部関係人の供述により認定されたので写真による被疑者の特定に当つては第一乃至第三抄造部門所属の者で、しかも第二組合に所属している者を中心として捜査したものである(第一組合側からかかる供述を得ようとすることは前記の事情により不可能である)。
ところで写真について供述をした者は長年同工場に勤務し、殆んどが入社以来同一職場で稼働している者であるから自己と同一職場の者で平常顔見知りの者については写真それ自体より氏名を特定し得ることは経験則上明白な事であり、しかもそれが同一人物についてその者の同一氏名を指摘する者が多数あることはそれだけ各供述者の供述の信用性を高めるものであることは疑いを入れないところである。
本件勾留請求を却下された被疑者については被疑者の氏名を指摘する者が単に一名に止まらない事は疎明資料の示す通りである。従つて相当性についての疎明はこの程度で十分であると信ずるものである。
依つて本件勾留請求を却下した原裁判を速かに取り消され度く準抗告に及んだ次第である。